4/19 ニューアルバム(5th)MIX作業
4/4 Uchida Guitar No.153
3/28 カサイリンカイコウエン
3/11 30年前のダルシマー
2/24 パフェの威力!?
2/20 姉(長女)帰る
2/7 千石正一さんご逝去
2/2 240,000キロ分の思い出
1/30 フェイスブック、その後
1/25 日本海?
新しいアルバムのミックス作業で八ヶ岳「ROKU'S STUDIO」へ。
”デッドライン”が常にアタマの中をちらつく。
間に合うか!?
気がつくとここの桜もやっと咲き始めた。
ご近所のギター・マエストロ「ウチダ・ギター」の内田さんから連絡を頂き、新しく完成した楽器を観せて貰いにいそいそと出掛ける。
何と!!!

ウチダ・ギターとしては初!の「ブズーキ」です!
しかも「ナイロン弦仕様」!!!
こんな楽器は世界のどこにもないです。
早速、試奏させて頂くと・・・普通のアイリッシュ・ブズーキ(スチール弦)とは全く違う感触です。
音のひとつひとつが遠ーーーくへ飛びそう!
通常、ブズーキは伴奏楽器なのですが、コレはソロ演奏に特化したような感じです。
それもその筈、この楽器をオーダーした方はコレで”バッハ”のチェロ曲やリュート曲を弾かれるとの事。
何よりいつも感心するのが、どんな楽器を創られても、内田さんの楽器だな~という独特のたたずまい。
と、いうより内田さん、そのものです(笑)。
毎度毎度、新しい楽器に向かって「内田さん、こんにちは~!」と挨拶してしまいます。(笑・ボケテル?)
これって、ただふざけているだけでなく^^、ホント素晴らしいことなんですよ!!!
・トップ:セダー
・サイド&バック:ハカランダ
・ネック:ウォルナット
本日は葛西臨海公園にてヘブンアーティストとしての演奏。
春休みなので家族連れも多く、暖かい日で気持ち良く演奏できました。

亀工房の次のコマには先日の野方区民ホールで共演したkoji くんがパフォーマンスでやってきました。
koji くんは「ガイタガレータ(スペインのバグパイプ)」の演奏者としてだけでなく、ディアボロ(西洋駒?)使いのパフォーマーとしても、ヘブンアーティストの認定を受けています。
ばっちりと人を惹きつけて集めて、圧巻のパフォーマンス!

空き時間には葛西臨海水族園を見学。
久しぶりにマグロの群泳を見てきました。

この水族館がオープンする時に、この世界初のマグロが遊泳する巨大水槽をプロデュースしたのが、僕がお世話になった先輩であり、それを補佐したのは学生時代からの友人でした。
開設当時はよく裏口から「こんちは~!」と言って入館して、バックヤードからこの巨大な水槽を見たものです(笑)。
タッチプールでは、サメとエイに触われました。
「指2本でやさしく触ってくださいね!」と注意書きがあったので・・・

「よっしゃ!このサイズのエイなら指2本で軽く捕まえられるだろう!」と子どもをダシに、近づき(笑)
その尻尾を捕まえようとしたら、ぬるり!と滑ってあっさりかわされてしまいました。

思ったより、エイは”ぬるぬる”です。
サメは”ざらざら”ですが。
今度はこっそり、指3本でトライしたいと思います!(笑)
ご縁があって、30年前に日本で作られた、というハンマー・ダルシマーを調弦させて頂く。
(実際にチューニングしたのはカミさんですが)

全体の雰囲気はアメリカのD社のものに似ている。
しかし、そんな以前にすでに日本でダルシマーが作られていながら、いまだ普及・定着していないのは、この楽器の調弦の大変さからなのかも(笑)。
持ち主のOさんとは、ひょんなご縁でお知合いになったのだが、これまた30年近く前、東京のブリティッシュ・トラッドの集まり(当時の日本では”アイリッシュ”という言葉がまだ独立してなくて、このひとくくりの言葉に内包されていたと思う)のコンサートでご一緒していた方であったのが、後に判明したのであった。
色々なバンドなどが出演していた中で、Oさんはマンドリン奏者として、とあるバンドに。
僕はソロ・ギターでブリティッシュ・トラッド系(笑)の曲を弾いていた。
この頃は今のように映像ソフトが豊富にある訳でなく、当然、インターネットもなかった。
それらを実見するには、こういう場に出掛けて、誰かが苦労して習得した実演を見るしか方法がなかった。
今、思い返せば地味な集まりだったが、とても有意義で刺激的な場であった。
なんせ当時は、「どこどこの誰それは、×× という曲を完コピで弾ける!」というだけで神様扱いされるくらい僕たちは初心(うぶ)だったのだ(笑)。
そんなOさんと再会できたのは、”フェイスブック”を通してだった。
約30年の空白を解消してくれたソーシャル・ネットワークには感謝したい。
今日は東日本大震災発生から一年。
家族と共に自宅で静かに、被災した皆さんのご冥福を祈りながら過ごそうと思う。
長女も帰ってきていることだし、と近くのカフェに「パフェ」を食べに行った。
学校、保育園組がいない隙に・・・夫婦2人と長女だけで・・・うっしっしっしっし

ここのパフェは美味しくて安く、そしてボリューム満点!
長女を喜ばせようと、連れていったのだが・・・
しばらく待って、その出てきたパフェを前に童心に帰ってしまったその顔を、長女に激写(死語?)されてしまった。

いや~面目ない・・・が、メチャ美味かった。
大学に進学して東京で寮生活をしている長女”れお”が春休みで帰ってきた。
下の子どもたちは大喜びである。
この日を指折りかぞえ、こんなメニューまで貼り出されていたのだ・・・。

下3人の子どもたちはもっと小さい頃、ライブ会場で長女にオンブされて演奏中の時間を過ごしているので、第二の母親みたなものなのだ。
久しぶりの家族8人での夕食は、何だか感慨深くて晩酌の量が増えてしまった。
諸先輩方のお話や手記から伺えるのは、家族が皆、全員そろってひとつ屋根の下に暮らす時間というのはホントに僅かな間だということだ。
確かに子どもはあっという間に大きくなっていく。
手間もかかり、カネもかかって、ばたばたと毎日が過ぎていく大変な時期は、過ぎてしまうと本当にあっという間なのだろうなぁ、と想像できる。
そんな束の間をかみしめつつ、日々を平和に過ごしていかれるのはとても幸せなことなのだろうと思う。
結構、人生は長く、そしてまさに光陰矢の如し、なのかもしれない。
子どもたちが独立し、また夫婦2人での静かな生活に戻り、今を懐かしむ日がきっと来るのだと思う。
今夜、東京から長野に戻る高速バスの中、わが町に着く手前で携帯電話が何度も鳴った。登録のない東海地方・・・らしき固定番号からであった。
まだバス内だったので出られずにいると、今度は友人の携帯番号で再びコールが。
"T” 水族館に勤務する友人の番号だった・・・。
瞬時に「あっ・・・・!!」と察した。
バスを降りてすぐにコール・バックすると、案の定
、闘病中だった千石さんの訃報だった。
自宅に帰りつく前に、数日前に東京で会った映像プロデューサーからまた電話が入る。千石さん関係の企画の打ち合わせをしたばかりだった・・・。
自宅について縁のあった友人、知人の何人かに訃報を知らせる。
覚悟はしていたけれど、この時が来てしまったなあ・・・。
・・・千石さん、今まで有難うございました。
合掌。
愛車ノアの走行距離が24万キロを越えた。
このクルマを導入して10年目になるが、多少オイルを喰うようになってきたものの全く調子は良い。
そして、平成10年式のライトエース・ノア(4WD・グレード:G)は実際にこんだけ走れますよ!と身を持って証明できたわけだ。
長らく、この距離まで1台のクルマを使用できるとは思っていなかったし、「10万走ったらクルマは寿命ですよ!」というクルマ屋さんの常套句を信じていた。
これと平行して夏場専門に6年間、乗っていたN社のワゴン車はその頃、クルマに導入され始めたミッション・システムが10万キロを越えたところで壊れて、リビルド品と載せ変えるのに30万エン掛かると当然のように云われた。
値段も値段だが、通常使用だけで10万キロで壊れるミッションだと、また10万キロ走ったら30万エンかい・・・!?
何より一番がっかりしたのは、命を乗せて走るものを造っている自覚も気概も責任感も全く感じられない姿勢だった。
いつも亀工房のツアーのハードな移動スケジュールを支えているのは、このクルマの貢献が大きい。
いつも有難う!ノア!300km/hまで刻まれたメーターより、このオドメーターの方が価値がある。
フェイスブックを始めて1週間が経ったのですが、どうやら登録時にウチのPCに登録されているかなりの数のメール・アドレス全てに、僕の名前で招待状が送られる仕組みになっているようで、何人かの方々から丁重なお断りのメールを頂いてしまい、ご迷惑をお掛けしました。
僕が自発的に送ったものではないのです。
でも結構多くの方々がそれをきっかけにフェイスブックを始められたようです。
しかし海外の旧友と再会するのは楽しかったのですが、そこを伝ってか友達リクエストが山のように来てメール受信箱に溢れているので、早急に何とかしなければ・・・。
・・・いえ、凍てついた「諏訪湖」です。
雪雲が湖上をみるみる迫って来ます。
白鳥!?が2羽浮かんでました。(おしまい)