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話は前回の最初に戻りますが、マイケル・ヘッジスの初来日コンサートは1984年9月中旬。 たぶん東京と大阪の二都市での開催で、東京の会場は「銀座ヤマハホール」でした。 出演者はヘッジスだけでなく、エリック・サティを弾くビル・クエストというピアニスト。 そして、聞くところによるとウィンダム・ヒル・レコードの創設者であり、看板ギタリストのウィリアム・アッカーマンもこの時、来日する予定であったのが、何らかの理由で彼の来日はキャンセルされたようでした。 アッカーマンのレコードも勿論、全て買って聴いていたけれど、何せ、この時の僕の目当てはヘッジスだったので、たいして気にも留めておらず、記憶が曖昧です。まぁ、この日のライブの衝撃はその辺の細かい事柄を全て吹き飛ばしてしまっているのです。 その日。 高校の頃から続けている銀座から近い証券街でのアルバイトを終えて、バイクで銀座に向かいました。 この頃の僕はどこに行くにもバイクで、当時は都内を移動~用事を足すうえで、バイクはとても便利な足でした。 渋滞の影響をあまり受けずに素早く移動ができて (ある程度の熟練が必要ですが^^)、 邪魔にならないようにすれば、ちょこっと歩道などに駐車ができました。 (現在、都内ではバイクの駐車もウルサく言われ、駐車する場所探しに困るようです。・・・つくづくイイ時代だったんだな~) 話しは戻りますが、この日、3歳下の弟もこのコンサートを観に来ることになっていたので、地下鉄でやって来る弟と、銀座4丁目の交差点で待ち合わせました。 コンサート自体が何時からだったのか、すっかり忘れておりますが、その時はバイトを終えてもまだ明るい時間帯だったので、たぶん土曜日だったのだと思います。いつもの事ですが、この交差点付近は大勢の行き交う人達があふれておりました。 弟と落ち合い、会場に向かおうかと思っていると、 弟が「・・・あそこ歩いてるのマイケル・ヘッジスじゃね?」 と言うので、その方向に目をやると、反対側の歩道を人混みにまぎれて、 長髪が爆発したような髪型!の外国人が歩いていました。 「・・・・・え~!?!?・・・・」全く不確かなまま、反対側の歩道に渡って、その外国人の後を追いました。 服装は、ベージュ色の長袖Tシャツ、ちょっとぶかっとしたストレート・ジーンズ、そして茶色くデカイワークブーツ。 その人は散歩というか、街の店をブラブラと覗いて歩いているようだったので、すぐに追いつきました。 ・・・当時、日本で公開されていたマイケル・ヘッジスの姿を写した写真は、少なくとも僕らが知っていたのはセカンド・アルバム「Aerial Boundaries 」のジャケット裏の白黒写真のマーチンD-28を抱えた一枚だけでした。 (ファースト・アルバムのポートレイトは彼の腕?だけが写った印象派的なもの) 本人かどうか不確かなままでしたが、下町育ちで割と幼少時から様々な人種(多くは日本人だけど、様々な職業とか嗜好とか・笑)に接して人慣れした?若者だったので、丁度、老舗「とらや」から出てきた(何も買ってませんでしたが・笑)彼に声を掛けました。 「すいませーーん!?」と日本語で(笑)。 彼は少しびっくりしながらも?ニッコリと微笑んで「Hi !」と返してくれました。 たぶん「Are you Michael Hedges ?」とか聞いたのでしょう・・・。 返答の詳細は覚えていないのですが、彼が「何で、僕のことがわかったんだい?よくわかったね!」らしき事を言っており、 僕らは「『エアリアル・バンダリーズ』のジャケットの裏で見ました!とか返答していたと思います。 白黒写真でしか見たことが無かったので、彼の髪の色は茶色だけど、少々、金髪のようにも見える感じで意外でした。 「名前は?」「ギターを弾くの?」などと聞かれ、「この先のヤマハホールで◎時から演奏するから!」 「Yes ! Yes ! それを観に来たんです!」と言った記憶はありますが、「楽しみにします!」などと気の利いたことは言えなかったと思います。 彼の印象はその純朴な笑顔と服装も相まって「素朴なアメリカの青年」という感じでした。 その後も彼が亡くなる1997年まで、世界各地でマイケルと顔を合わせましたが、この銀座の路上で言葉を交わした場面はいつまでも良き思い出となっています。 そこでマイケルと別れた後、弟と「マイケル・ヘッジスも歩いてんだな~!」などと当然の事に感動しながら(笑)、歩いてヤマハホールに向かいました。 コンサート会場に入ると、ほぼ満員だったと思います。 「こんなにこの人たち(ウィンダム・ヒル アーティスト)を知ってる人が居るんだ~!?」と正直、驚きました。 この頃は、マニアックに突き進んだ自分と同じ趣味のギターを弾く、または聴く仲間は自分の周りに皆無でしたので(笑)。 最初に?ビル・クエストがステージに現れて丁寧にお辞儀をしてから、 「ジムノぺディ」などエリック・サティ作品を演奏し「・・・良い曲だな~」と思ったのを覚えています。 全体にウィンダム・ヒル・レコードの雰囲気が感じられるステージでした。 無機質な感じなだけど、非常に有機的な、というか・・・。 そして、その後、いよいよ道端でバッタリ出会ったマイケル・ヘッジスがさっきと同じ服装で!「ふらりと」ステージに現れました。 「お、出てきた、出てきた・・・あの兄ちゃん、本当にマイケル・ヘッジスだったんだな!(笑)」 いきなり弾き始めた最初の曲は「Silent Anticipation」・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それは、それまで見たことも、聞いたことも、全くない圧倒的な世界。 まさに、雷に打たれたような衝撃・・・ 自分の人生が決定的に方向付けられた瞬間でした。 長髪を振り乱して一心不乱に演奏する姿から、まさに圧倒的なパワーがあらゆる方向にほとばしり出るようなパフォーマンス。 具体的には、それはまさしく「ギターの音」であり、多々「これがギターから出る音?」という音であり、「この音は一体、何???」 「あんなところを押さえて?」「触って?」「叩いて?」???????? 「??????どうなってんだ~!!!????」 何で、そんなにギターのあちこちから、色々な音が飛び出てくるんだ????? ・・・それまで自分が見聞きして来たギターの弾き方とは全く違うものでした。 ヘッジスのパフォーマンスを初めて見たアッカーマンが、 「It's Magic !!!!!」 と叫んだ、といいますが、彼の気持ちがよくわかります。 どの曲もレコードで散々、聴き込んでいた曲なのに、ライブ演奏は全く違ったものでした。 「アドリブ・パートがたくさんある」とかでは無く、楽曲の放っているパワーが桁違いなのです。 途中、ヘッジスの長年の盟友であるマイケル・マンリングも加わって、デュオやマンリングの超絶ソロ演奏もありました。 アンコールでは、ビートルズの「カム・トゥゲザー」を唄いボーカルも披露、歌もメチャクチャ上手くて二度びっくりでした。 しかしテクニック以上に、時に雄叫びを上げながらパフォーマンスするマイケルのパワーに圧倒されました。 コンサートが終わり、他の多くのお客さんもその衝撃に打ちのめされているようでした。 自分はと言えば、膝がガクガクと震えていて、すぐに立ち上がれません。 腰が抜ける、ってこういう事か!? 弟も興奮冷めやらぬようで、しきりに「スゲーー!」を繰り返しておりました。(弟もいまだにギターを弾き、アルバムも発表しております) 「そうか!あいつ(ヘッジス)は宇宙人だったんだな!?!?」 後にこのコンサート会場に居合わせた人たちと知り合い、共にギターを弾き、語る日が、今に至るまで続くとは、この時は思いもよりませんでした。 この後、次々と目の前の扉が開くように、たくさんの人との出逢いと機会に恵まれ、その3年後、僕はギターを抱えアメリカに渡り、数多の音楽する異国の人々(多くはギタリスト)と出遭い、まさに数え切れないほどの人生の名場面に遭遇しながら、素晴らしいコンサートを浴びるように観て、体験するのですが、そんな中でも、この時のコンサートの衝撃を超えるものはありませんでした。 ・・・思い返してみると、それは当然であり、なぜなら、あの日のコンサートを境に自分自身の内面が大きく変わっていたからなのだと思います。 それは「表現する者としての自覚」みたいなものなのでしょうか。 その頃の自分は、すでにその境目を通り越して、向こう側(こちら側?)に行っていたからなのだと思います。 ~ 20-year anniversary of after Michael Hedges passing ~ (11月22~29日)
by kmaezawa
| 2017-11-18 23:47
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